福岡県北九州市は、1901(明治34)年、官営八幡製鉄所の創業とともに、関連の工場が次々と建てられ、日本の近代産業をリードしてきました。しかし、成長と引き換えに、深刻な公害が発生。煙と煤塵(ばいじん)が空を覆い、工業廃水が垂れ流された海は、魚はおろか、大腸菌さえすめない「死の海」と呼ばれました。

そうした課題を官民一体となって乗り越え、青い空と海を取り戻してきた北九州市では、1980年代以降、同じ悩みを抱える中国やインドネシアなどのアジア諸国に対し、市内の関連企業の紹介や研修の受け入れなどの支援を実施してきました。2010年には、環境問題を解決するノウハウや技術の輸出を行政がより積極的に支援するために「アジア低炭素化センター」が設立されました。

「アジア低炭素化センター」の狙いは、信用が厚く、誰が担当になっても引き継いでいける行政機関のメリットを活かしつつ、相手のニーズをしっかりと理解したうえで、北九州の企業にある環境関連技術等をパッケージ化して海外の自治体へ輸出していくこと。個別ニーズへの対応だけでなく、自治体のマスタープラン作りや、「グリーンシティーの輸出」として都市計画策定事業にも乗り出しています。現在、中国・大連市やベトナム・ホーチミン市などで約60件のプロジェクトが進行している。文化交流が中心だった従来型の姉妹都市ではなく、『環境』を目的としたより具体的な連携で、低炭素社会づくりに一役買っています。

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